2016リオオリンピックで初めて『難民選手団』が結成されました。

国際オリンピック委員会の選考により選ばれたのは10名。

それぞれの選手が、競泳、陸上競技、マラソン、柔道の4種目に出場します。

 

その中で私が特に注目しているのが、男子柔道のポポレ・ミセンガ選手。

難民選手団が行った記者会見が強く印象に残っています。

今日は、ポポレ・ミセンガ選手について調べてみました!

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難民選手団とは?

難民選手団は、国際オリンピック委員会(IOC)の特別措置により、オリンピック代表に選ばれたアスリートたちで構成されています。

通常選手たちはいずれかの「国(ないしは地域)」を代表して参加するが、母国における迫害のため他国に逃れ、受け入れ国でまだ国籍取得に至っていない難民や国籍の無い者

 

難民チームの候補選手は6月の初めに5~10人に絞り込まれる。選手としての能力のほか、難民のステータスやそれぞれの「事情」が判断の基準となる。

 

 

ポポレ・ミセンガのWikiや経歴は?

名前:ポポレ・ミセンガ(Popole Misenga)

生年月日:1992年2月25日

出身国:コンゴ民主共和国(旧ザイール)

身長:180cm

階級:90kg級

 

2013年にリオデジャネイロで開催された柔道の世界選手権に出場した後、ブラジルに亡命し難民認定を受ける。

その後、柔道家でオリンピック銅メダリストのフラビオ・カント氏のトレーニングセンターで稽古を始める。

難民選手団候補に選ばれたことで、現在は給付金が支給され生活の質が向上。

また、リオの大学でポルトガル語を勉強中。

 

ポポレ・ミセンガの生い立ちは?

ミセンガ選手は9才の時に紛争から逃げ、難民キャンプの施設で柔道を始めました。

父親は行方知れず、母親はすでに亡くなっており、他の兄弟たちとも別れ、1人で森の中を走って逃げたそうです。

平和な日本では考えられないことですね・・・。

 

その後、日々練習を重ね実力をつけたミセンガ選手は、ついにコンゴ国内トップの柔道選手に成長しました。

これだけ聞くと、有力選手として優遇されているような気がしますが、現実は全く違っていたようです。

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当時のトレーニングについては、地獄そのものだったと話す。「どんなことをしてでも勝てと教え込まれる。勝てないと数日間にわたり隔離され、食事も半分しか与えられない」と説明した。

 

いくら“国を背負って試合に出ている”と言えど、これはちょっと厳し過ぎるのでは・・・。

“スパルタ”とはまたレベルが違う話です。

 

そんな背景もあり、2013年の世界選手権(リオ開催)に出場した際、予選敗退したことで亡命を決意。

それからは、ブラジルのファベーラ(スラム街)で生活しているそうです。

今ではブラジル人のパートナーとの間に息子も生まれ、良き父親としての一面も。

 

ミセンガ選手は、柔道と出会ったことで人生が変わったんですね。

柔道を始めたばかりの頃は、まさかオリンピックに出場するなんて想像もつかなかったでしょう。

 

 

 

 

まとめ

ミセンガ選手、今後もなるべく多くの試合に出て経験を積んでいって欲しいです。

そしていつか、離れ離れになってしまった兄弟たちと再会出来る日が来ると良いなと思います。

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